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ブログ ときどき日記

経営人未来塾

9月に行っていた「経営革新塾」の中で紹介された、「経営人未来塾」に行ってきました。

全8回で平日の昼間の講義が多いし、場所も岡山市だったのですが、申込みをしておきました。

でやっと行けたのが、今回第四回

「信長・秀吉・家康に学ぶ事業継承  ~歴史から学ぶ事業継承成功の法則とは~」  静岡大学教授 小和田哲男さん

でした。

大河ドラマ、1996年の「秀吉」。2006年の「功名が辻」の時代考証 をされているかたでした。

時代考証とは、脚本家が書いたセリフがその時代にあった言葉使いをしているとか、歴史背景にあったストーリーなのかなど様々な助言をするそうです。

例えば、功名が辻で「わしゃ絶対、家族を守る」というセリフがあったとする。

「絶対」「家族」は明治以降に出来た言葉なので、明治以前の物語には合わない。

なので、「わしゃ必ず、妻と子を守る」となるそうです。

さて本題に戻ると

信長は、

早めの家督継承で、子供の信忠に実権を移しました。

しかし予期していなかった「本能寺の変」で、信長と信忠は殺されてしまいす。

そこで二男信雄と三男信孝との家督争いになり、そのすきに秀吉の時代となったそうです。

秀吉は、

実子ではなく養子の秀次に実権を移したが、結局は殺害しました。

また補佐役の弟秀長の死により、祭りごとの方向性を失いました。

ブレーキが利かない秀吉は、大陸への進出失敗など多くの損失により、家康の時代へと移りました。

家康は、

信長早めのいいところ「早めの家督継承」を実践し、自分は影でリモートコントロールするようになりました。

また、信長の時にあったような家督争いもなくすため、長男から順番に家督継承するように自ら実践し、それが諸大名に伝わり、全国的に家督争いがなくなっていったそうです。

そのため、家督継承するものには小さい頃から有能な補佐役をつけ教育していくそうです。その代表が「春日局」でした。

 このように家督継承がスムーズにいけば、200年続いた江戸時代のように、安泰の日々が続くのかもしれません。

今回の講習会の中で印象的だったのが、家康の子育ての心得「岩淵夜話」の中で、「宝の中の宝といえば、人材」という言葉が、印象的でした。現代の企業もいい人材確保が大変だそうですが、この中にヒントがあるのかもしれません。

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